ボランティア活動を通した国際理解教育
「学校改革プロジェクト」担当の講師よりご寄稿いただきました。先生が、14年前に高校現場で取り組まれた活動です。
英語の非常に得意な生徒数人が、日本人の里親と開発途上国の里子(学費をだしてもらう子ども)とを結ぶ手紙の翻訳ボランティアをしたいと相談に来ました。主催団体に問い合わせたところ、「高校生では翻訳の質が悪く、また無責任になった経験を何度もしているので残念ながらお断りします。是非にと言われるなら、教員が責任を持って行う形しかありません。」との返事を頂きました。
生徒の熱意に押され、主催団体に再度連絡し、やっとのことで許可を頂き、翻訳作業が始まりました。担当したのは「現地の言葉 → 英語 → 日本語 → 英語 → 現地の言葉」といった一連の流れのうち、英語を日本語にする作業です。最初は数人で空いた時間を使ってしていたのですが、一人一人と参加者が増えていき、結局10人を超えるまでになりました。
主催団体の運営上、特定の里親・里子間の手紙のやり取りをずっと担当するようにはなっていません。一回限りの翻訳です。従って、読み手からすれば翻訳のニュアンスが毎回変わることになります。これでは、手紙を受け取る日本の里親は戸惑います。そこで、生徒は自分たちの中だけでもブレがないようにしようと、各自が担当した翻訳を全員の前で報告し検討しあうことになりました。ここで、まさに「瓢箪から 駒!」 読まれる手紙の内容は、どれも国際理解教育そのものでした。
生徒は、開発途上国の子どもが書く手紙なので、そこには悲惨な状況だけが延々と書かれているものだと思っていたそうです。しかし書かれていたのは、子どもたちが毎日をイキイキと過ごしている姿でした。どこの子どもも、自分の夢を語り、友人を語り、親を語り、そして村や学校を自慢するのです。
これは、生徒の持っていた開発途上国に対するイメージをがらりと変えるものでした。「無機的な文字に過ぎなかった『開発途上国』という存在が、形と色と匂いを持って自分たちに踊りながら近づいてくるような感じでした。」とのこと。生徒が担当した国は、全部で何十ヶ国にもなります。
進学校の生徒にとって、自分たちが今持っている技術をそのまま使える支援活動はなかなか見つからないのですが、工夫次第でこんなことも出来るのです。